低Ca、低Mgの土壌の地域でALSが多発していた機序の考察をする。
背景の詳細は以下の記事を参照。
naorureha.hatenablog.com
ALSガイドライン 2023 に記載されているALSの原因・病態は
●遺伝的要因と非遺伝的要因が存在するが,両者にはグルタミン酸 による神経毒性,蛋白質 分解不全や RNA 代謝 異常,小胞体ストレス,酸化ストレス,神経炎症など多くの共通病態が想定されている. ●家族性 ALS では原因遺伝子の機能低下ないしは変異蛋白質 の毒性獲得,あるいはその両者による神経変性が想定され,孤発性 ALS では異常封入体を構成する TDP -43 が病原蛋白質 と想定されている.
となっている。基本的には決定的な一つの原因があるわけではなく、炎症を除けばもともと正常に働いていた人体におけるシステムの複数個所での異常の蓄積が運動ニューロン 死を起こすと推測されている。
私は、これらの異常の上流の原因として、ミネラルの欠乏 を考えている。
つまり、ミネラルの欠乏より人体の恒常性が破綻した と表現できる。
以下、わかりやすいように大雑把に骨格だけ取り上げて記載した。
人類はホモ・サピエンス から進化したさまざまな遺伝子と生理的性質をそのまま保持している。遺伝子による人類の設計図は、近年始まったばかりの農耕や文明生活より動物と共に森林などで狩猟採集をしていたずっと前の生活とほぼ同じと考えられる。
1.水の循環
人類の生命の保持に最も重要なものは「水」である。人間の身体のほとんどは水でできている。成長とともに割合は変わるが、成人の60-65%は水である。海から陸に上がった人類の祖先にとって、貴重な水を保持するシステムが最優先で働いていることは理解しやすいと思う。本筋ではないため細かい生理的なメカニ ズムは割愛する。
大塚製薬 ホームページより引用
<水の出入り>
口から摂取→腸で吸収→体の細胞で消費→腎臓から尿にして排出 (大便として排泄)
生きていくためには、水のin-outのバランス が取れていることが必須である。
これが止まると数日で死んでしまう。繰り返しになるが、この水に関わるシステムは最優先で動いている。
水が不足すると、仮に老廃物が体内に溜まっていても、その排泄に水の制約を受ける。腎臓や便から排出するとしても水分を必要とするからである。
2.エネルギーの循環
人が生きていくためには、水だけでは足りない。細胞や臓器が活動するためのエネルギーが必要である。一般的にエネルギーのことをカロリーで表現しており、カロリーは車に例えるとガソリン にあたる。人はガソリンを身体外から給油するのではなく、材料を仕入 れて体内で作る。その材料は、炭水化物、タンパク質、脂質である。
<エネルギーの出入り>
口から摂取→腸で吸収→体の細胞で消費→腎臓から尿にして排泄
(大便として排泄)
https://cocokara-next.com/fitness/diet-basics-meal-fft/
生きていくためには、エネルギーのin-outのバランス が取れていることが必要である。この時間軸は水よりは長い。人は2週間くらい食べなくでも水だけで生きれると聞いたことがあるだろう。
かつて狩猟採集生活だった頃、数日食べられないことは頻回にあった。このような時、つまり、inが止まった場合、身体のエネルギーはどこから調達するのだろうか。答えは、人体の「筋肉や脂肪」からエネルギーを取り出す である。これはよく知られている事実であり、これらの組織にはもともとエネルギーの貯蔵庫としての役割がある。
3.無機質(ミネラル)の循環
多くの人が誤解しているが、エネルギー(カロリー)と栄養はイコールではない。かつての狩猟採集時代ではカロリー=栄養でも間違いではなかった。木の実や動物・魚などにはカロリーも栄養もバランスよく含まれていた 。しかし、加工食品があふれるようになり、スナック菓子やインスタント食品にはカロリーはあっても栄養はわずかしかない。そういう食べ物が増えた。
大塚製薬 ホームページより引用
栄養とはタンパク質、脂質、糖質(炭水化物)、ビタミン、ミネラルを含む、
人が生きていくうえで欠かせない身体を作り、活かすものである。
車の例えだとガソリン に加えてエンジンをかける鍵 が必要である。その鍵は無機質とビタミン である。
無機質とは、生物の性質を有さない物質で、一般的には炭素・水素・窒素・酸素以外の元素で構成される。ミネラルとも呼ばれる。
<ミネラルの出入り>
口から摂取→腸で吸収→体の細胞で消費→腎臓から尿にして排泄
(余分なものは大便として排泄)
生きていくためには、ミネラルのin-outのバランス が取れていることが必須である。この時間軸はエネルギーより長く、ミネラルのうち鉄や亜鉛 は200-300日分くらいの体内の貯蔵 がある。ミネラルが不足・欠乏すると身体の恒常性が維持できなくなる。ミネラルは単なるガソリンではなく、身体の恒常性というシステム維持の鍵であり、不足時のイメージは下図のような体の崩壊である。
風の谷のナウシカ 身体が溶けていく巨神兵
4.ミネラルが不足した時 起こること
日本人男性におけるMg不足は一般的なようである。しかし、それで病気が多発しているというニュースは聞かない。
厚生労働省 国民生活栄養調査
ビタミンやミネラルが不足すると、疾病や成長障害が起こりうる
教科書をみると以上のようにまとめられている。あまり詳しく書いているものはない。
よってCaやMgが不足していった場合、身体の中で何が起こっているかを想像してみたい。ただし、ここでは急速にミネラルを失った状態ではなく(このケースは低Ca血症や低Mg血症として教科書に記載がある)、非常にゆっくりと足りない状態が持続した場合、身体でどのような反応が起こるか…つまり代償を考えたい。代償とは、本来必要なミネラルが不足してきた場合、身体がその不足を補おうと、ミネラルを節約し、体内の代謝 の方法を変えるなどのことで、前述の低Mg血症とは異なる症状につながると考える。
表題の土壌にミネラルが少ないとはそういう状態であると思う。
① カルシウムが慢性的に不足した場合
カルシウム体内動態は 骨99% 血液・その他 1% である。カルシウム摂取が不足したとしてもカルシウムの貯蔵庫である骨からカルシウムが動員されるため、不足することにはならない。カルシウムは常に骨からでたり,入ったりをくり返している。主に副甲状腺 ホルモン(PTH)、ビタミンD 、カルシトニンによって調整され、血清Caは腸管からの吸収、骨吸収と骨形成のバランス、腎臓からの排泄の調整によって一定に維持されている。
慢性的にカルシウム摂取が不足した場合、上記のホルモンを通して骨に存在するカルシウムが血液に供給される。歯や骨がもろくなる骨粗鬆症 が進行する。
参考:カルシウム、マグネシウム の生体内での挙動 糸川 Ingrganic Materials, Vol.1,No252(1994)
② マグネシウム が慢性的に不足した場合
マグネシウム とは人にとって欠かすことのできない非常に大切なミネラルであり、教科書には以下のようにまとめられている。
Mgは種種の代謝 の基本的反応の必須イオンとして重要な役割を果たし、300種類以上の酵素 がその活性化にMgを必要とします。特に、リン酸伝達反応とATPが関与する酵素 反応にMgがアクチベーターとして必須 であることから、細胞膜機能、アミノ酸 の活性化、DNA合成、タンパク質合成、リン酸化 、筋収縮 など細胞レベルのエネルギー代謝 に不可欠です。
最新臨床検査のABC 日本医師会 雑誌
マグネシウム 欠乏の症状の主要なものは神経・精神障害 と循環器障害である。神経症 状としては神経過敏症,振戦(筋肉の不随意的なふるえ),テタニーなどが認められる。精神症状は抑うつ 症,妄想,不安感,興奮,錯乱などが見られる。循環器障害は不整脈 で,期外収縮 ,頻脈,心室 性細動が起こる。
しかし,このような症状はマグネシウム 欠乏がかな り進行してから出現するものである 。
マグネシウム の体内動態は 骨65% 筋27% その他の組織6-7% 細胞外液1% である。マグネシウム についても骨が貯蔵庫となっており,マグネシウム が欠乏すると骨からマグネシウム が遊離され利用される。副甲状腺 ホルモンは骨からカルシウムと共に マグネシウム の遊離を調節する作用を有すると考えられる。しかし,マグネシウム 欠乏はつねにカルシウム代謝 に影響をおよぼし,副甲状腺 ホルモンはカルシウム代謝 により敏感であるから,単独のマグネシウム 代謝 に対する作用を見いだすことはきわめて困難との報告が ある。
ヒトの体内でエネルギー源となるもっとも重要な酵素 であるATPase はマグネシウム を必要とする酵素 であり,まず基質のATPがマグネシウム と結合し,ついで酵素 がはたらく。マグネシウム 不足は細胞がエネルギーを産生する機構に影響するにもかかわらず、ヒトは血清マグネシウム 濃度を維持するための特異的なホルモンは存在しない。腸管・尿細管における局所的な吸収・再吸収の調整により、血清マグネシウム は一定の範囲に維持されている。
参考:日本内科学会雑誌 111:934-940,2022.
一方で、体内Mg量と血清Mg値は必ずしも相関しないとされている。
参考:カルシウム、マグネシウム 代謝 の考え方 日腎会誌 50(2):91-96, 2008
つまり、Mgは生命維持に必要であることからホルモンなどを使わずに体内Mg欠乏が直ちに血清Mg値に反映されないような、何らかの代償機構が存在することが示唆される。大幅な低マグネシウム 血症は低カルシウム血症を引き起こすため、この場合は、カルシウム濃度の調整として骨からの供給が働くと考えられる。私は、その前の段階、相対的に体内マグネシウム が不足した状態でも働く代償があるのではないかと思う。身体のMgは骨以外の他臓器では筋肉 に多い。
仮説① 体内マグネシウム が不足した場合、筋肉から血液に供給する
前章のエネルギー不足の際に、脂肪や筋肉を分解してエネルギーを供給することを考えると、自然な発想であると思う。そしてそれは人が筋肉を動かし活動しているとき に起こると考える。だからこそ、安静臥床が続く集中治療室においてマグネシウム 不足の患者が多いのではないか。
さらに、栄養不足や活動量の減少により筋肉の分解が続くと筋肉が少なく なっていく。この状態でのマグネシウム の血中濃度 を下げる生体因子 に注目したい。マグネシウム の血中濃度 を下げる生理作用は3つ。
①PTH、ビタミンD
②インスリン 、高血糖
③アルドステロン がある。
筋肉量が少なくなるとインスリン 抵抗性 が上昇し、②の要因が悪化し、さらにマグネシウム の濃度が下がるネガティブフィードバックがかかる。そしてマグネシウム 欠乏が加速していくことになる。
この時点で身体で起こっていること
・身体におけるMgの不足
・筋肉量減少
・血糖値の上昇
※ALS患者では、糖から脂質への栄養要求の変更が起こると言われている。筋肉量の減少によりインスリン 抵抗性が増加すると、糖代謝 でエネルギーを賄えなくなるのだろう。(糖代謝 にかかわる酵素 の機能障害か、Mg欠乏により糖尿病が悪化する報告もある。発症の有無については賛否あり)。
この段階はエネルギーのためにマグネシウム にかかわる糖代謝 ではなく、筋肉・脂肪を利用していると思われる。そして、脂肪を積極的に摂取することで予後が改善する。進行が速いタイプでこの差が顕著である。
※糖尿病でも血清Mgと体内Mg量が相関しないと考えられる。一方で、個人的な知見では糖尿病では血清Mgが高いことが多い。Mgの供給源は筋肉と考え、糖尿病の病態と関りがあるのだろう。
仮説② マグネシウム の相対的不足が臓器での生理機能障害を起こす(肝ではある)
マグネシウム の生体内での不足を正確にとらえる方法が現時点でないとすると、相対的マグネシウム 不足の際に、生理機能に影響を及ぼしているかどうかは、わからない。しかし、何らかの影響は起こっていそうである。
筋肉には骨格筋、平滑筋、心筋と3つの種類があるが、骨格筋は最らATPからエネルギーを取り出すため、Mg不足時、骨格筋はもっとも大きな影響を受ける と思う。つまり、代謝 の大小により影響の度合いは臓器ごとに異なると考える。
ALSでは初期はミトコンドリア でのATPが不足し、エネルギー要求が増加し、代謝 亢進するという報告もある。
参考:Ferri,A.and R.Coccurello Mediators Inflamm 2017
代謝 が大きい肝臓ではMg欠乏状態で肝臓中の亜鉛 トランスポーターZip14 とメタロチオネインの発現が増加し、肝臓中亜鉛 を増加させる。そしてMg欠乏は鉄過剰に対するヘプシジンハツゲン応答を抑制することによって鉄代謝 を攪乱することが示されている。
亜鉛 シグナルの発信には,細胞内で遊離の亜鉛 イオン濃度が局所的に変化することが鍵 となっており,この亜鉛 イオンは,細胞外からのみならず,小胞体やゴルジ体などの細胞内小器官からも放出される。そのため,細胞質膜や各細胞内小器官に発現するZIP・ZnTトランスポーターは,亜鉛 シグナルの制御 に重要な役割を演じる。
参考:ファルマシア・54巻・7号・658頁 (jst.go.jp)
仮説③マグネシウム 不足は神経細胞 における亜鉛 トランスポーターに影響を与える
仮説②の通り、マグネシウム 不足が肝細胞における亜鉛 代謝 に異常をきたすことがわかっている。現時点で、神経細胞 において、マグネシウム 不足が亜鉛 代謝 に影響を及ぼす証拠は見つけられなかった。
一方、ALSにおいて血液中の亜鉛 低値、髄液中の亜鉛 濃度高値 が指摘されている。これは中枢神経および全身臓器において亜鉛 のシグナル制御が乱れていることが示唆される。
参考:ファルマシア・54巻・7号・658頁 (jst.go.jp)
生体内の亜鉛 が欠乏した環境下では、筋萎縮性側索硬化症 (ALS)を引き起こす様々なタイプの変異型SOD1タンパク質と同様の共通構造を、正常な個体もとることが報告されている。つまり、正常な個体も亜鉛 欠乏下ではALS症状を起こすということである。
マグネシウム 不足により肝細胞で起こっていることが、神経細胞 でも起こっていればALSに起こっている亜鉛 の異常が説明できる。ZnT3とZnT6は運動神経に発 現し、ヒトALSにおいてZnT3とZnT6の発現低下が確認され、ALS の発症・病態に関与している可能性が示唆されている。
参考:亜鉛欠乏に対する新しい細胞応答の機構を解明 筋萎縮性側索硬化症の病態解明に向けて | 東京大学 (u-tokyo.ac.jp)
参考:ヒトALSにおける亜鉛 トランスポーターに起因する 小胞体ストレスと治療法開発
https://www.bri.niigata-u.ac.jp/files/1514/1108/8251/05-28H25.pdf
以上より①-③の仮説を含むが、低カルシウム、低マグネシウム がALSを引き起こす機序を考えた。これほど単純ということはないと思うが、カルシウムとマグネシウム の補充は行った方が良いと考える。