1.意欲とリハビリテーション
リハビリテーションの効果を高めていくためには,患者のリハビリへの意欲は非常に重要な要因の1つであることが研究により報告されている1,2).
しかし,リハビリに関わる専門職の間で「意欲」の定義が統一されておらず3),意欲そのものを定量的に評価することに困難があるため4),リハビリへの意欲に関するリハビリ介入は十分とはいえない.
今回、意欲などの心の働きを「個人の中」に求めるのではなく、私たちが生きている現実、すなわち「個人と環境との相互作用」のあり方と考える行動分析学に基づいて考える方法を紹介する。
この利点の一つは、患者の意欲がある・ないは、患者だけの問題ではなく、リハビリテーションを共に行う、セラピストも大きく関わっているということを改めて認識しなおすことである。
まず具体例にて考えてみたい。
例として「Aさんは、意欲があるから、リハビリに頑張って取り組んでいる」と私たちが考える場合を想定してみる。
「意欲」という内的過程が原因で、「リハビリに頑張って取り組んでいる」ということが結果であるという因果関係で考えがちであるが、この時、私たちは、Aさんの内的過程はみれないわけだからリハビリに頑張って取り組んでいる様子を見て、Aさんは意欲があると判断している。
この場合、意欲は行動を見て推測された仮説(構成概念)であるにもかかわらず、それが行動の原因のような錯誤に陥る。
よって、行動分析学の観点では、意欲を個人の中にある心的過程ではなく、意欲と呼ばれるものを構成している実際の行動と考える。行動は変化し繋がっていくが、機能的なまとまりをもった「個人と環境の相互作用」の単位を使って分析する。
大雑把にいうと、リハビリに頑張って取り組んでいるから意欲が高いのであり、そのリハビリに頑張っている行動の前後を分析していく。
心理学では個人に影響を及ぼす環境の条件のことを刺激という。行動に先立ち、行動のきっかけになる環境刺激を「先行刺激」、それによって引き出された「行動」、その結果として環境にもたらす変化を「後続刺激」とする。
この「先行刺激」→「行動」→「後続刺激」を機能的な単位と考える。
特定の刺激に対して特定の行動をすると、うまくいった、身体が軽くなったなどの良い結果が得られると、その行動は増えていく。行動を増やす働きのある後続刺激は「強化刺激」と言われる。
Dobkinらはリハビリテーションにおける歩く速さについて,強化刺激を与えると,そのスピードが速くなるという研究成果を報告した5)。
これが,意欲に関係するもっとも重要な「行動の法則」であり、先行刺激によって見通しがもて,後続刺激としてポジティブな結果が返ってくることによって,適切な行動の種類と数が増え,そのことで,日常生活の中での適切な行動が安定して成立している状態こそが,意欲の高い、環境の中で適切な行動が安定して出現している状態と考える。
2.意欲を高める3つの条件
行動分析学によるリハビリテーションにおける意欲を高める条件は以下にまとめられる。
(1)見通しが明確に先行刺激として設定
(2)少しでも自分なりにできる行動をターゲット行動とする
(3)その結果,ほめられた・うまくいったという経験が繰り返される(後続刺激)
この3つのポイントが,意欲を伸ばすための必須の条件であり、年齢を超えて普遍的な法則である。
☆ リハビリテーションにおける具体的な技法 6)
(優れたセラピストは意識しているしていないに関わらず、自然と行っていると思われる。)
(1) 先行刺激を最適化して行動を引き出す技法
対象者の意欲を高めるためには、対象者にとってわかりやすく、見通しが持てるような指示を出すことが重要である。そして、対象者が無理をしなくても行動がスムーズに行えるように全介助ではなく、対象者の自立的行動を確認しながら介助を徐々に減らしていく方法を用いる。
①刺激モダリティ
視覚、聴覚、触覚、運動感覚 を最適化して用いる
②見通し
次の活動、その日の予定、1週間、1か月後の見通しを対象者に分かる形で示す。そのためには客観的な目標値の設定が重要となる。
③無誤学習
介入初期は、対象者が間違った反応をしないように、介助レベルを高くし、身体への強い介助である「身体的ガイド」によって、行動をスムーズに行わせる。その後、介助レベルを系統的に徐々に減らしていく。(fading)
(2)学習しやすいターゲット行動を見出す技法
①課題分析
複雑な行動をそれより小さい行動構成要素に分解してそれらをひとつずつ形成していく
②行動形成 shaping
ターゲット行動は少なくとも一部は対象者がすでに行動レパートリーとして持っている必要がある。つまり、ゼロから行動を形成するのではなく、すでに25%程度の習得率や出現率を示す行動に焦点を当て、25%→35%→50%と徐々に行動レパートリーを形成していくことが最も効果的な方法である。(これが患者から診たリハビリ難易度)
つまり、できない点ではなく、できる点に焦点を当ててそれを伸ばしていく。
③行動連鎖化
行動は単一のものとは限らず、一連の長い連鎖を示していることが多い。例えば、A-B-Cという一連の行動要素からなる場合、A-Bまで身体的ガイドと強い音声プロンプトで確実に無誤学習によって形成し、最後のCのみ自発的に遂行できるように練習する。このように逆方向から行動を形成していく方法を逆行連鎖化backward chainingという。
(3)褒めることを繰り返す強化刺激の技法
意欲が向上するうえで、対象者が行動した後、すぐに強化刺激を与えることがよい。セラピストをはじめスタッフ、家族が対象者が少しでもうまくできたことをほめることである。できる行動が増えれば、行動がスムーズに行えたことそのものが、強化刺激として働く。そうすると良循環が生まれ、ますます自発的にできる行動が増えていく。
①適切な行動に強化刺激を与える
まずは適切な行動を褒めること。その他どのような強化刺激を用いるかは個人によって異なる。日によって異なる場合もある。
②効果的な強化刺激を用いる
強化刺激は、明確に・行動が起こったらすぐに・多様な感覚ルートで・行動と関係のある形で、与えることが最も効果的である。さらに、行動そのものが内在的強化刺激になるようにする。
例えば、運動することで、身体が軽くなり、楽しくなってきたなどの効果が見られれば、行動そのものに内在する強化機能が働いたといってよい。
③強化スケジュールを導入する
強化刺激を与える割合を徐々に減らしていく。その方が、行動の維持に有効に働く。外敵強化から内在的強化へ移行させていく。
④行動の結果をフィードバックとして示す
グラフにその日の歩行回数などを書き込み、対象者に改善しつつある様子をモニターしてもらう。行動へのフィードバックと同時に、次に行う行動の先行刺激としても機能する。
まとめ
患者のリハビリテーション意欲のためには
①心理学(行動分析学)を応用する
②①を活かすためには、セラピストのリハビリ技術も大きい
※ 優れたセラピストは普段から「当たり前」にしていることかもしれない
1) Maclean N, Pound P: A critical review of the concept of patient motivation in the literature on physical rehabilitation. Soc Sci Med, 2000, 50(4): 495-506.
2) Maclean N, Pound P, Wolfe C, et al.: Qualitative analysis of stroke patients’ motivation for rehabilitation. BMJ, 2000, 321(7268): 1051-1054.
3) Maclean N, Pound P, Wolfe C, et al.: The concept of patient motivation: a qualitative analysis of stroke professionals’ attitudes. Stroke, 2002, 33(2): 444-448.
4) Lenze EJ, Munin MC, Quear T, et al.: The Pittsburgh Rehabilitation Participation Scale: reliability and validity of a clinician-rated measure of participation in acute rehabilitation. Arch Phys Med Rehabil, 2004, 85(3): 380-384.
5) Dobkin BH, Plummer-D’Amato P, et al.: International randomized
clinical trial, stroke inpatient rehabilitation with reinforcement
of walking speed (SIRROWS), improves outcomes. Neurorehabilitation
and Neural Repair. 2010; 24: 235‒242.