脳梗塞後の世界で生きる日記

患者視点でリハビリについて情報発信します

続:低Ca、低Mgの土壌の地域でALSが多発していた機序の考察

前回の記事から続きます。

長くなりましたが、この記事の主題はALSの発症原因の考察です。

 

naorureha.hatenablog.com

 

前回まで、体内でマグネシウムが不足している状態とは、マグネシウムが細胞内で不足している状態である。マグネシウムの摂取量が不足すると、徐々に細胞内マグネシウムの不足が起こり、それが生理的な代謝に悪影響を与え、それがさらにマグネシウムの不足を起こす悪循環が生まれるというお話をしました。

 

図 Mg欠乏のマウスは体重が減少する

 

図の論文ではマグネシウム欠乏食のマウスは体重増加が減少しました。その理由はMg欠乏によるタンパク合成障害ではないかと考察しています。そして、その後、通常食に戻しても血中マグネシウム濃度は改善するものの、体重はすぐには改善しませんでした。

 

細胞内マグネシウムの不足が起きた状態で、摂取を再開すると血中マグネシウム濃度は比較的速やかに上がりますが、体重増加は著変なく、細胞内マグネシウムにはすみやかに反映されないようです。

 

一方、血液中マグネシウムの不足は致命的な不整脈などを起こす急性疾患となるため、体内に存在する臓器からマグネシウムが血液中に供給される代償が働くはずです。

 

この機序については、生理学や論文での記載を見つけることはできませんでした。よって、以下から私の仮説を前提とした話となります。

 

仮説① 血液中マグネシウムが不足した場合、筋肉から血液に供給する(筋肉量が減少する)

 

前記事でエネルギー不足の際に、脂肪や筋肉を分解してエネルギーを供給することを示しました。同様に考えると、仮説①は自然な発想であると思います。そしてそれは人が筋肉を動かし活動しているときに起こると考えます。これは筋肉の生理的なメカニズムを想定した結論です。筋肉は活動により破壊され、再生することを繰り返す臓器であるからです。

 安静臥床が続く集中治療室においてマグネシウム不足の患者が多い理由の一つではないかと思います(低マグネシウム血症は集中治療に伴う報告が多い)。

 

 さらに、細胞内マグネシウムの不足による栄養代謝障害によるエネルギー不足(特に糖質の代謝障害)や活動量の減少により筋肉の分解が続くと筋肉量が少なくなっていきます。

 

筋肉量が減少していく状態でマグネシウム血中濃度を下げる生体因子に注目しましょう。マグネシウム血中濃度を下げる生理作用は3つ。

 

   ①PTH、ビタミンD

   ②インスリン高血糖

   ③アルドステロン      があります。

 

前記事の機序に加え、筋肉量が少なくなるとインスリン抵抗性が上昇し、②の要因が悪化し、さらにマグネシウムの濃度が下がるネガティブフィードバックがかかります。そしてさらにマグネシウム欠乏が加速していくことになります。

 

この時点で身体で起こっていること

 ・身体におけるMgの不足(特に細胞内マグネシウムの不足)

 ・筋肉量減少  (筋肉から血中へマグネシウムを供給)

 ・血糖値の上昇 (マグネシウムの吸収阻害)

 ・栄養代謝の糖からタンパク質・脂肪へのシフト

 

インスリン不足と栄養代謝

 

※ALS患者では、糖から脂質への栄養要求の変更が起こると言われている。筋肉量の減少によりインスリン抵抗性が増加すると、糖代謝でエネルギーを賄えなくなるのだろうか。この段階ではエネルギーのためにマグネシウムに関わる糖代謝ではなく、筋肉・脂肪をエネルギーとして利用していると思われる。そして、脂肪を積極的に摂取することで予後が改善するといわれ、進行が速いタイプでこの差が顕著です。

 

※糖尿病では特に血清Mgと体内Mg量が相関しないと報告されている。一方で、個人的な知見では糖尿病では血清Mgが高いことが多い。Mg摂取量は多くなく、Mgの供給源は筋肉と考えると理解しやすいと感じる。

 

糖尿病食はMg含有量が少ない

 

仮説② 細胞内マグネシウム不足が臓器での生理機能障害を起こす(筋・肝ではある)

 

マグネシウムの生体内での過不足を正確にとらえる方法が現時点ではない。とすると、相対的マグネシウム不足(細胞内マグネシウム不足)の際に、生理機能に影響を及ぼしているかどうかは、正確に評価する方法はないが、マグネシウムの重要性を考えると、何らかの影響は起こっていそうである。

 

骨格筋におけるインスリン抵抗性への影響については前記事で触れた。筋肉には骨格筋、平滑筋、心筋と3つの種類があるが、骨格筋は最らATPからエネルギーを取り出すため、Mg不足時、骨格筋はもっとも大きな影響を受けると思われる。つまり、代謝の大小により影響の度合いは臓器ごとに異なると考えられる。

 

 ALSでは初期はミトコンドリアでのATPが不足し、エネルギー要求が増加し、代謝亢進するという報告がある。

参考:Ferri,A.and R.Coccurello Mediators Inflamm 2017

 

代謝が大きい肝臓ではMg欠乏状態で肝臓中の亜鉛トランスポーターZip14とメタロチオネインの発現が増加し、肝臓中亜鉛を増加させる。そしてMg欠乏は鉄過剰に対するヘプシジンハツゲン応答を抑制することによって鉄代謝を攪乱することが示されている。

 

亜鉛シグナルの発信には,細胞内で遊離の亜鉛イオン濃度が局所的に変化することが鍵となっており,この亜鉛イオンは,細胞外からのみならず,小胞体やゴルジ体などの細胞内小器官からも放出される。そのため,細胞質膜や各細胞内小器官に発現するZIP・ZnTトランスポーターは,亜鉛シグナルの制御に重要な役割を演じる。

 

参考:ファルマシア・54巻・7号・658頁 (jst.go.jp)

 

 

仮説③ マグネシウム不足は神経細胞における亜鉛トランスポーターに影響を与える

 

仮説②の通り、マグネシウム不足が肝細胞における亜鉛代謝に異常をきたすことがわかっている(遺伝子にスイッチを入れ、何らかの機能を発現させる)。現時点で、神経細胞において、マグネシウム不足が亜鉛代謝に影響を及ぼす証拠は見つけられなかった。

 

 一方、ALSにおいて血液中の亜鉛低値、髄液中の亜鉛濃度高値が指摘されている。これは中枢神経および全身臓器において亜鉛のシグナル制御が乱れていることが示唆される。

参考:ファルマシア・54巻・7号・658頁 (jst.go.jp)

 

 生体内の亜鉛が欠乏した環境下では、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を引き起こす様々なタイプの変異型SOD1タンパク質と同様の共通構造を、正常な個体もとることが報告されている。つまり、正常な個体も亜鉛欠乏下ではALS症状を起こすということである。

 

 マグネシウム不足により肝細胞で起こっていることが、神経細胞でも起こっていればALSに起こっている亜鉛の異常が説明できる。ZnT3とZnT6は運動神経に発
現し、ヒトALSにおいてZnT3とZnT6の発現低下が確認され、ALS の発症・病態に関与している可能性が示唆されている。 

 

参考:亜鉛欠乏に対する新しい細胞応答の機構を解明 筋萎縮性側索硬化症の病態解明に向けて | 東京大学 (u-tokyo.ac.jp)

 

参考:ヒトALSにおける亜鉛トランスポーターに起因する 小胞体ストレスと治療法開発 

https://www.bri.niigata-u.ac.jp/files/1514/1108/8251/05-28H25.pdf

 

以上より①-③の仮説を含むが、低カルシウム、低マグネシウムがALSを引き起こす機序を考えた。わかりやすいようにかなり単純化したが、カルシウムよりマグネシウムが重要であり、マグネシウムは体内の不足がいったん発生するとさらにマグネシウムを不足させる悪循環を引き起こす。よって、マグネシウムの補充は行った方が良いとの結論となる。